一般社団法人日本POPサミット協会
会長 安達 昌人
「衣食住」の中で、人間が生きるための最も重要な要素は「食」でしょう。確かに人間は、まず「食べる」ために働いていると言えます。
ただし、本来の生存のために食べることから、現代にあっては「食」の様相がきわめて多様化している状況は周知の通りです。
先ごろ、日経新聞編集局調査部次長・白鳥和生氏の講演「流通と消費の今を読む」を聴く機会がありましたが、課題の中に、通販に対する実店舗の方策として「モノを売るより、体験を売る~・売るのはライフフタイル ・イベント開催を連打する ・「食」をエンターテインメントに」という項目がありました。
・エンゲル係数の推移
さて、この課題に入る前に、今日の「食」の事情を知る一つの手がかりとして、先に「エンゲル係数」を見てみることにします。
エンゲル係数は、ドイツの社会統計学者エルンスト・エンゲルが19世紀半ばに提唱した指数で、数式は「食料費÷消費支出」、すなわち「家計の消費支出に占める食料費の割合が高いほど、生活水準は低い」との説に基づくものです。
日本では、第2次世界大戦後、誰もが貧困であった1948年(昭和23年)のエンゲル係数は60.4%で、文字通り生きるために食べることで始まり、1958年の41.2%、1968年の33.7%、1978年の29.2%、1988年の24.9%と下降し、高度成長期を経て2005年の22.9%が底となっています。
しかし、図表のように、その後、次第に上昇に転じて、2016年は25.8%になり、「家計調査(家計収支編)調査結果〈二人以上の世帯〉」(総務省統計局2018年2月公開)による2017年の数値は25.7%と微減していますが、定義通りに解釈すれば、生活水準は悪化したことになります。
ただし、裕福さの度合いを測るエンゲル係数が提唱された時代と現代では、生活様式や食生活の様相が著しく異なっていて、その前提が覆されてしまうようです。
例えば、先の2017年のデータでは、夫だけが働く世帯24.3%ですが、共働き世帯は収入が高くなるために22.3%と低くなります。また、中堅層の子持ちの家庭では、教育費や子供の遊興費、その他住居関連費(住宅ローンも含む)など食費以外の負担が大きくてエンゲル係数は低くなり、年金生活の高齢者は消費支出が少ないため、食費の占める割合が大きくなります。農村部では、自前で主食や野菜が自給できるため、指数は低くなります。
さらに、今日では「食」の習慣が大きく反映されます。
その一つに「中食」の浸透、すなわち「中食(なかしょく)文化」の影響が挙げられます。「中食」とは「外食」「内食(家庭で料理)」に対して、出来合いの総菜や弁当などを買ってきて家で食べるもので、2017年には市場規模は10兆円を超え(日本惣菜協会調べ)、約25兆円ある外食産業の3分の1超の規模に膨らんでいるとされます。スーパー・コンビニの品ばかりでなく、配達ピザなども中食です。共働き世帯が増加し「時短需要」の拡大が背景とされますが、独り暮らしにも中食の利用度は高いでしょう。
さらに、指数の上昇には、最近の食材の値上がり現象もありますが、今日では「嗜好性」が大きく反映されている面も指摘されます。つまり、美味しい食べ物を楽しみたいという「食」への嗜好性、趣味性が食費を高めていることも確かで、デパ地下や高級惣菜店の人気の世相も頷けるところです。
・「食」のエンターテイメントの状況
こうした「嗜好性」の志向に応えて、また需要促進の方策として、「食」のエンターテイメントの催しが活発化しています。いわば「仕掛け」の戦略です。
先頃の節分の「恵方巻」ブームもその一つでしょう。その発祥としては、大阪の寿司組合や海苔組合が作ったとさまざまですが、セブンイレブンが20年ばかり前に、太巻き寿司または丸かぶり寿司と言われものに「恵方巻」と命名して、全国に流行らせたというのが定説です。当初は低調だったものが、今や節分イコール恵方巻といった風潮。ただ、悲しくは、翌日に全国で廃棄された恵方巻は10億2千800万円とNHKニュースで識者の発表でした。
聖バレンタインデーのチョコレートも「食」のエンターテイメントの例でしょう。2月の端境期対策として日本のチョコレートメーカー(後に日本チョコレート・ココア協会)が販促策として取り入れ、たちまち普及したもので、これも仕掛けの企画です。
こうした新たな慣習作りとともに、「食」のエンターテイメント事業が活況を呈してじいます。
東京・足立区観光交流協会では、区の公園で「千本桜まつり」を開花期に開催していて、出店者のほとんどは菓子から野菜、飲食店まで食品関連です。小生の支援先の菓子店もブースを持っていて演出をアドバイスしましたが、会場はかなりの人出で賑わいます。
最近はイベントの名称もユニークで、大多摩観光連盟(地域の観光協会の組織)主催の食の催事は「多摩げた食の祭典、大多摩B級グルメ」。これもかなりの集客です。小生は東京都商工会連合会のブースのPOP広告や陳列演出を支援しました。昨年は当協会が、長岡商工会議所主催「ながおか野菜クオーレ祭り」の事前説明会の際のPOP広告の活かし方セミナーの依頼を受け、出講させて頂きました。野菜ばかりでなく食品店や飲食店の参加が増え、地域客の入場も高まっているとのことでした。
こうした「食」の祭典は今や各地で盛んです。先の白鳥氏の言い方を借りれば「イベント開催の連打」ということになるでしょう。
また、施設のエンターテイメント化も頻繁に見受けます。
世界遺産となった国宝の群馬県「富岡製糸場」を見学しましたが、帰りにすぐ近くの「こんにゃくパーク」へ立ち寄りました。工場見学、こんにゃく体験(有料)の他にこんにゃく無料バイキングが人気で、こんにゃくを使った料理からスイーツまで堪能できます。健康志向の食物とあって、大型観光バスの行楽客が続々と入場し、大賑わいの状態です。各地の菓子パークや酒販会社でもこうした施設と試飲試食で人気を高めています。
街中にも「食」のエンターテイメントは出現しています。東京・浅草の、昔は「煮込み通り」と呼ばれていた大衆酒場場が軒を重ねる通りが、今は「ホッピー通り」と呼ばれ、昼間からお酒を飲める観光スポットとして賑わっています。ビールより安いホッピーが良く飲まれたための名称とか。気軽で庶民的な「食」の楽しみですが、お客は若い客層が多く、外国人観光客の姿も見えます。値段の安さとともに日本のレトロを愉しんでいる風情です。
函館市の「函館光の屋台・大門横丁」も居酒屋、焼き鳥、ジンギスカンなど20数店が集まる飲食店複合施設ですが、北海道では帯広市の「北の屋台」、釧路市の「赤ちょうちん横丁」など夜の観光スポットは、変わらぬ人気を保っています。
このように、生きるためから始まった「食」は、さまざまな様相を見せて、今後も大きな「食」のマーケットであり得ることを続けるものと言えるでしょう。
:桜まつりブースに出店の菓子店
:こんにゃくパークの無料バイキング
:「大多摩B級グルメ」の会場の賑わい
:外国人観光客も訪れる「ホッピー通り」