令和5年(2022年)9月6日
一般社団法人日本POPサミット協会
会長 安達 昌人
9月9日は「POPの日」(一般社団法人・日本POPサミット協会提唱)です。POP広告に関わる人にとって、記念すべき日だと考えます。
ちなみに記念日には、その商品や行事の起因となった期日や、日時の語呂合わせなどが基になったものがほとんどで、例えば、11月1日は「ワンワンワン」という鳴き声にちなんだ「犬の日」(一社・ペットフード協会)など、特にユニークな語呂合わせが話題になります。
ところで「POPの日」は、「909」の形から来た発想です。数字体を活かした例としては、10月10日の「目の愛護デー」(中央盲人福祉協会制定)。1010の数字を半分に分けて、それぞれ90度右に回転させると二つ並んだ眉と目の形になります。1947年に制定されていますから、長い歴史を持つ記念日です。
では「POPの日」は誰が発案者かと言うと、日本POPサミット協会の設立者であり、顧問であった故今津次朗先生です。かつて、手描きPOP広告全盛時代に、今津次朗、秋葉雄幸、中山政男、笠原正久、荒木淳(敬称略)の諸氏と一緒に「手造りPOP広告グループ」を結成し、交替で講師を務めて公開セミナーや研究会を盛んに実施したことがあります。
その席上で、今津先生が「9月9日はPOPの日です」と宣言し、その提唱に一同が感心したものです。「9」を反転して「P」と見るのは、面白い着想です。
ついでに言えば、アメリカの広告代理店「POPAI(POP広告協会)」と関連を持っていた川上嘉則氏が「POPをポップと呼ぶのは誤りで、米国ではポップはポピュラー音楽の略語、ピーオーピーと発音するのが正しい」と強調して、皆もそれにならうようにしました。
(日本POPサミット協会も、POPをピーオーピーと発音します。)
さて、アメリカのPOPAIが創り出したメーカー主体のPOP広告が日本に紹介されるや、たちまち商業者サイドの手描き売り場広告として全国に普及し、活況を呈しました。日本人本来の器用さと、それまでにポスターなどを描いてきた慣習から、筆を持つことに抵抗がなく、スムーズに売り場に取り込んだのでしょう。マジックインキ(株式会社内田洋行)の発売も、手描きに拍車を掛けました。欧米では、タイプライターの普及により、ペンで文字を書く習慣が早くに失われたと言われます。
その商業者サイドのPOP広告も、消費者志向の高まりによって、「売る」ツールから「買う」ツールへと、購買者サイドの媒体に進展して来たのは周知のとおりです。本来、POPの末尾の「P(Purchase)」は「買う・購買」という意味を持っています。
ところが、1995年にMicrosoftの「Windows95」が発売されたころから、パソコンが一般に定着し、パソコン作製のPOP広告が売り場を席捲するようになりました。誰にも容易に作れて、先端を行く目新しい売り場のツールに映りました。今もパソコン製が、売り場に掲示されているPOP広告の大半を占めています。チラシも簡単に作れます。
パソコン作成のメリットとしては、統一感、明瞭さ、手軽さが挙げられますが、デメリットとしては画一的で、活字印刷による単調さなどでしょう。
しかし、ある事件をきっかけに、手描きPOP広告が復活します。
これは今や伝説となっていますが、千葉県習志野市の書店「BOOKS昭和」の副店長木下和郎氏が、自分が感動した文庫本「白い犬とワルツ」(新潮社)に、手描きPOP広告を付けたところ、急激に売れ始めたのです。それほど人気の無かった同書が、何故この店だけ突出して売れるのかと、不思議に思った新潮社の営業マンが視察に来て、手描きPOP広告を見たのです。2001
年夏のことです。
新潮社は手描きPOP広告に効果があると知って、これをコピーさせてもらい、全国の書店に販促物として配りました。それから半年ほどで「白い犬とワルツを」は、150万部というベストセラーになったのです。
(当時の書店業界情報より)
「書店員が熱意を込めて推奨した本は売れる」とは、それ以前から言われ、実行する書店は少なくなかったようです。しかし、このニュースが、手描きPOP広告が販売促進の重要なツールとして認知され、復興の一つの契機となったことは明らかです。「読者が一人かもしれないという本にこそPOPを書く」とは、木下氏の言葉ですが、味わい深い文言だと思います。当時は、すでに新刊本の売れ行きが下落している傾向にあり、「現場で本を売る書店員こそ市場回復のキーマン」とみなされ、2004年には、全国の書店員の投票で選ぶ「本屋大賞」も生まれています。この話題は、書店業界ばかりでなく広く流通業界に知れ渡りました。
手描きPOP広告は、販売者の立場にあっては、自店の商品やサービスのメッセージに、手描きならではの独自性、即時性、注目性が活かされます。パソコン作製のプリントされた紙面とは違う、作る人の生(なま)の声が聞こえで来るようです。顧客の立場としては、商品の基礎的な知識から、ハイライフに活かせる有用で新鮮な生活情報を得ることが出来ます。まさに双方コミュニケーション媒体です。いわば手描きPOP広告は、日本独自の商業文化だと言えます。
今や、ブラックボードも普及し、手で描くことが日常的になってきましたが、パソコン作成が主流の陰で、手描きPOP広告に長い潜伏期間があったために、表現法の知識やスキルがまだまだ低いことは確かです。圧縮陳列で知られるディスカウントストアの広告が話題になりますが、それがPOP広告の描き方の基本だと思い込んでいる人もいます。また、訴える内容を重視して、表現を二の次にしている例も多く見られます。
しかしPOP広告は、メッセージ情報の重要性とともに、購買者にいかに効果良く見てもらい読んでもらうかの視覚性も同様に肝要です。顧客の関心を呼び、心に響かせ、購買に結び付けていくためには、その両輪の働きが大切であるかは、言うまでもないことでしょう。
手描きPOP広告を指導する人には、そうした心得と責任が肝心だと言えます。
このように、「声の聞こえる」手描きPOP広告は、店舗の販売促進の一つのツールであると同時に、POP広告からさまざまな販売促進活動が創出され展開されます。さらに、流通業界だけに限らず、介護施設から医療施設、交通機関、地域物産の販売所、モノ造りの現場、イベント会場、公共機関に至るまで、地域社会の各所で、いわゆる「パブリックPOP」としての多様な活躍が期待されます。つまり、きわめて広いキャパシティーを持つ媒体です。
といったわけで、「POPの日」に当たり、その大きな効果と役割を、今一度しっかりと確認していきたいと望む次第です。